平成12年12月11日(月)(つくば国際会議場(茨城県))
西暦2000年酸性雨国際学会が,世界の国々から多数の専門家を迎え,ここつくば市において開催されることを誠に喜ばしく思います。
第1回の学会が1975年に米国で開かれて以来,これに続く4回の学会は欧米で催されてきましたが,6回目の今回は欧米から遠く離れた日本で行われ,日本や近隣の国々の専門家も多数加わって,欧米とは異なる状況下にある酸性雨の問題も論じられることは誠に意義深いことと思われます。
酸性雨という言葉は1845年に薬剤師ダクロスによって,そして,1872年に英国の科学者スミスによって使われていることが知られていますが,早くから工業が発達し,石炭が大量に消費された英国では,18世紀後半から酸性雨による被害が深刻化していました。当時の工場の周辺では森林は一面に枯れている状態だったと伝えられています。
一方,日本では工業化が比較的遅く始まったことに加え,自然の条件が酸性雨の被害を軽減するような働きをしてきたので,このことが専門家の間では注目されてはいても,深刻な問題として人々の意識に上るようになったのは,近年になってのことであったと思います。したがって私が酸性雨について知りましたのは,日本の事例によってではなく,酸性雨によりドイツの森林が大きな被害を受けたり,ノルウェーの湖の魚が死滅したという,外国の事例によってでありました。しかし近年,日本においても各地で森林の枯死が現れており,その原因はいまだ確定されてはおりませんが,酸性雨の影響が強く考えられています。日本は急峻な地形のために,活力ある森林を保持することによって災害から守られている面が強く,山が荒れることは,人々に大きな災害をもたらす危険性を意味しています。
酸性雨の問題は,今日世界中に広がっている問題として考えられなければならないものと思います。この問題に国境はなく,世界の異なる国々の専門家が一致協力して取り組むことが極めて必要なことでありましょう。
今回の会議が実り多い討論を通して地球環境と人類の未来を守るため,大きな成果を収めることを期待するとともに,酸性雨対策の緊急性と重要性に対する人々の理解を深める一つの契機となることを願って開会式に寄せる言葉といたします。
『日本の暦』より
日本では天皇は國體を護るための中心でした。
この國體にはわれわれが自然の中で生かされているという、自然との調和が規範として組み込まれているように思います。
そのような考えのもと、陛下はご発言されていると思います。
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