尖閣諸島などの問題が起きて国防の不安や不満が出てくると、憲法を改正しましょうという声が増えてきます。
この憲法の問題で、しばしば対立軸として出てくる「改正論」と「護憲論」。
ところがこれとは別の対立軸があるのをご存知でしょうか?
「有効論」と「無効論」という対立軸です。
ここでは詳しいことは書きませんが、現在憲法の制定過程と実効性の両面をよく見て行くと、日本国憲法は「憲法としては無効」だという考え方ができます。
「改憲論」と「護憲論」はともに「有効論」なので、この視点でみると兄弟に見えることになります。
憲法に関心のある方は、是非「無効論」という視点も持って憲法を考えてみることをおすすめします。
それによって違った現実が見えてきます。
さて、表題の「憲法学者のミスリード」ですが、占領軍は事実を捏造して「主権が天皇から国民に移った」という宣伝をしました。
天皇主権説と言われているものですね。
大日本帝国憲法では、主権が天皇にあるとはされておらず、当時の憲法学での評価も天皇に主権があるという説は決して主流ではなかった。また、先帝陛下ご自身も天皇機関説が正しいとおっしゃられていました。
事実がすり替えられているんですね。
この事実のすり替えが今でも憲法学者たちによって行われています。
残念なことに、元皇族であるという憲法学者までもが、天皇主権を言っている状況です。
憲法学者の言説に騙されないようにしたいものです。
2010年12月3日金曜日
2010年11月29日月曜日
今日は何の日? 憲法記念日
1890年、大日本帝国憲法が施行。これにより第1回帝国議会が開会。
『日本の暦』より
今日が本当の憲法記念日ですね。
一般に言われている憲法記念日は大日本帝国憲法を改正した日なので、「憲法改正の日」というのが妥当ではないでしょうか?
日本国憲法の改正に関しては無効の理由がたくさん列挙できます。
実際に不具合の多い日本国憲法です。
外国の暴力によって制定されたものでもありますから、一旦元に戻して改正手続きを行うのが良いのではないでしょうか?
『日本の暦』より
今日が本当の憲法記念日ですね。
一般に言われている憲法記念日は大日本帝国憲法を改正した日なので、「憲法改正の日」というのが妥当ではないでしょうか?
日本国憲法の改正に関しては無効の理由がたくさん列挙できます。
- 最高規範・根本規範である規範国体に抵触する改正は認められないとする、改正限界超越による無効。
- ヘーグ陸戦条約違反。
- 軍事占領下における典憲の改正の無効性。そもそもポツダム宣言は日本軍の無条件降伏が目的で、日本国の無条件降伏ではないのだから、占領軍の行った全部占領自体が違反行為
- 帝国憲法七十五条違反。国家の変局時に改正を行うことを明確に禁止している。
- 典憲の改正義務の不存在。ポツダム宣言にも降伏文書にも憲法の改正を義務づける規定がなかった。
- 法的連続性の保障声明違反。マッカーサー声明にある「完全な法的連続性」とは実体がかけ離れている。マッカーサー自らががこれに違反している。
- 根本規範堅持の宣明。ポツダム宣言受諾日の詔書で正統憲法および正統典範の上位にある規範国体を堅持することを国家の要諦として宣明していた。
- 憲法改正発議大権の侵害。改正大権は天皇大権であったにも関わらず、GHQと占領下政府が改正案を私議し改正大権を簒奪した。
- 詔勅違反。「粉更を試みること」を禁止することが明確にうたわれている。
改正条項の不明確性。憲法の全面的な廃止や停止は認めていない。通常は、この条項を廃止、改正するという形をとるもの。
- 憲法としての妥当性と実効性の不存在。例えば朝鮮戦争のときに日本は再軍備をしている。この時点で九条の実効性は消失している。たった3年ほどしか九条は守られていなかったことになる。
- 政治的意思形成の瑕疵。改正過程において、プレスコード指令、神道指令、言論統制などが行われて、臣民は政治的な意思形成を行うことができなかった。表現の自由を保障した帝国憲法にも違反している。
- 帝國議会審議手続きの重大な瑕疵。審議が不十分な上、GHQが帝國議会の両議会の建議権の行使を妨げ、その不行使を強要した。
実際に不具合の多い日本国憲法です。
外国の暴力によって制定されたものでもありますから、一旦元に戻して改正手続きを行うのが良いのではないでしょうか?
2010年11月8日月曜日
今日は何の日? 日本共産党の全国協議会で新憲法草案
1945年(昭和20年)11月8日に日本共産党の全国協議会において新憲法の骨子とする日本人民共和国憲法草案が決議された。
1.主権は人民に在り。
2.民主議会は主権を管理する民主議会は18歳以上の選挙権被選挙権の基礎に立つ,民主議会は政府を構成する人人を選挙する。
3.政府は民主議会に責任を負う議会の決定を遂行しないか又はその遂行が不十分であるか或は曲げた場合その他不正の行為あるものに対しては即時止めさせる。
4.人民は政治的,経済的,社会的に自由であり、且つ議会及び政府を監視し批判する自由を確保する。
5.人民の生活権,労働権,教育される一権利を、具体的設備を以て保証する。
6.階級的並びに民族的差別の根本的廃止。
から成る「新憲法の骨子」(1945年11月8日に日本共産党の全国協議会において決議されたものは、1945年11月11日に日本共産党が発表したものより1項目多く全7項目となっていた)基軸に、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌、6月29日に日本共産党が発表した大日本帝国憲法の改正草案の特徴は、天皇制を廃止して共和制・民主集中制を採用している事と自由権・生活権等が社会主義の原則に基づいて保障されている事であり、スターリン憲法などに代表される典型的な社会主義憲法の構成を採る。ただし、党の指導性は明示されておらず、土地を始めとする生産手段の国有化は明文では規定されていなかった。
『日本の暦』より
共産党は中国のような人民憲法を望んでいるんですね。
ただもう少し注意深く考察すると面白い事に(恐ろしい事に?)気が付きます。
人民を国民に置き換えて読んでみてください。
実はそんなに日本国憲法の方向性と変わらないんです。日本国憲法は共産党の革命の道具だという解釈ができるんです。
実際に戦後武力による革命を諦めた共産党は、野坂参三らによる2段階革命論を唱えました。その第1段階目が国民主権による民主主義革命で、その次に国民主権を利用した社会主義革命であるとしたものです。第1段階は日本国憲法によって達成され、地道に次の段階を成し遂げようとしているという事です。
思い返してみてください。
小沢一郎氏が天皇陛下の政治利用をして批判されました。あの時小沢氏はどんな発言をしたか。
国民によって選ばれた国会議員が天皇陛下をどう扱うかを決めたっていいじゃないか、という趣旨の事を言いましたよね。この発言の発端は日本国憲法第一条にある「天皇の地位は主権者たる国民の総意に基づく」という部分です。
尖閣諸島の一件で憲法改正(九条の改正)を叫ぶ人が目立ってきました。危機感を感じているのがわかります。ただ、それとは別にもっと大きな危機があまり認識されないまま進行しています。領土だけじゃなくて、日本の国柄の破壊という危機です。
1.主権は人民に在り。
2.民主議会は主権を管理する民主議会は18歳以上の選挙権被選挙権の基礎に立つ,民主議会は政府を構成する人人を選挙する。
3.政府は民主議会に責任を負う議会の決定を遂行しないか又はその遂行が不十分であるか或は曲げた場合その他不正の行為あるものに対しては即時止めさせる。
4.人民は政治的,経済的,社会的に自由であり、且つ議会及び政府を監視し批判する自由を確保する。
5.人民の生活権,労働権,教育される一権利を、具体的設備を以て保証する。
6.階級的並びに民族的差別の根本的廃止。
から成る「新憲法の骨子」(1945年11月8日に日本共産党の全国協議会において決議されたものは、1945年11月11日に日本共産党が発表したものより1項目多く全7項目となっていた)基軸に、1946年(昭和21年)6月28日に日本共産党が決定し、翌、6月29日に日本共産党が発表した大日本帝国憲法の改正草案の特徴は、天皇制を廃止して共和制・民主集中制を採用している事と自由権・生活権等が社会主義の原則に基づいて保障されている事であり、スターリン憲法などに代表される典型的な社会主義憲法の構成を採る。ただし、党の指導性は明示されておらず、土地を始めとする生産手段の国有化は明文では規定されていなかった。
『日本の暦』より
共産党は中国のような人民憲法を望んでいるんですね。
ただもう少し注意深く考察すると面白い事に(恐ろしい事に?)気が付きます。
人民を国民に置き換えて読んでみてください。
実はそんなに日本国憲法の方向性と変わらないんです。日本国憲法は共産党の革命の道具だという解釈ができるんです。
実際に戦後武力による革命を諦めた共産党は、野坂参三らによる2段階革命論を唱えました。その第1段階目が国民主権による民主主義革命で、その次に国民主権を利用した社会主義革命であるとしたものです。第1段階は日本国憲法によって達成され、地道に次の段階を成し遂げようとしているという事です。
思い返してみてください。
小沢一郎氏が天皇陛下の政治利用をして批判されました。あの時小沢氏はどんな発言をしたか。
国民によって選ばれた国会議員が天皇陛下をどう扱うかを決めたっていいじゃないか、という趣旨の事を言いましたよね。この発言の発端は日本国憲法第一条にある「天皇の地位は主権者たる国民の総意に基づく」という部分です。
尖閣諸島の一件で憲法改正(九条の改正)を叫ぶ人が目立ってきました。危機感を感じているのがわかります。ただ、それとは別にもっと大きな危機があまり認識されないまま進行しています。領土だけじゃなくて、日本の国柄の破壊という危機です。
2010年10月8日金曜日
今日は何の日? 教育勅語の禁止
教育勅語を読んだことがありますか?
祖父母の世代はみんな暗記していた教育勅語。
改めて読んでみると、ごく当たり前のことが簡潔に書かれていて納得する内容です。
以下、『日本の暦』のコンテンツから。
大東亜戦争後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、教育勅語が神聖化されている点を特に問題視しとことにより文部省は「教育勅語及び詔書等の取扱いについて」(昭和21年10月8日文部事務次官通牒)と題する通達により、教育勅語を教育の根本規範とみなすことを止め、国民学校令施行規則も改正して、四大節の儀式で教育勅語を読み上げることも廃止された(昭和21年10月9日文部省令第31号)。
奉読(朗読)と神聖的な取り扱いを行わないことを通達した。
翌1947年(昭和22年)には教育基本法(旧教育基本法)が公布・施行されて教育の基本に据えられ、学校教育から教育勅語は排除された。さらに、1948年(昭和23年)6月19日には衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」が、それぞれ決議されて、教育勅語は学校教育から排除・失効されたことが確認された。
補足
戦前の日本の憲法には、この教育勅語が含まれていたいたという考え方があります。
これは憲法総体という考え方で、大日本帝国憲法、皇室典範、五箇条の御誓文、教育勅語、さらには聖徳太子の時代にできた十七条憲法までを含んだ、成分化されたものと、文章になっていないルールまでもを含んだ規範全体を憲法として認識する考え方です。
憲法はいきなり取って付けたような法律ではなく、その国が育んできた国柄、国の在り方を表すものですから、憲法総体という考え方がしっくりくると思います。
祖父母の世代はみんな暗記していた教育勅語。
改めて読んでみると、ごく当たり前のことが簡潔に書かれていて納得する内容です。
以下、『日本の暦』のコンテンツから。
大東亜戦争後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、教育勅語が神聖化されている点を特に問題視しとことにより文部省は「教育勅語及び詔書等の取扱いについて」(昭和21年10月8日文部事務次官通牒)と題する通達により、教育勅語を教育の根本規範とみなすことを止め、国民学校令施行規則も改正して、四大節の儀式で教育勅語を読み上げることも廃止された(昭和21年10月9日文部省令第31号)。
奉読(朗読)と神聖的な取り扱いを行わないことを通達した。
翌1947年(昭和22年)には教育基本法(旧教育基本法)が公布・施行されて教育の基本に据えられ、学校教育から教育勅語は排除された。さらに、1948年(昭和23年)6月19日には衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」が、それぞれ決議されて、教育勅語は学校教育から排除・失効されたことが確認された。
補足
戦前の日本の憲法には、この教育勅語が含まれていたいたという考え方があります。
これは憲法総体という考え方で、大日本帝国憲法、皇室典範、五箇条の御誓文、教育勅語、さらには聖徳太子の時代にできた十七条憲法までを含んだ、成分化されたものと、文章になっていないルールまでもを含んだ規範全体を憲法として認識する考え方です。
憲法はいきなり取って付けたような法律ではなく、その国が育んできた国柄、国の在り方を表すものですから、憲法総体という考え方がしっくりくると思います。
2010年9月28日火曜日
今日は何の日? 宮沢俊義「ポツダム宣言ニ基ク憲法、同付属法令改正要点」
1945年9月28日、宮沢俊義東大教授が外務省で憲法改正問題について講演した。明治憲法のもとでも、十分、民主主義的傾向を助成しうると論じ、明治憲法の手直しで、ポツダム宣言の精神を実現して行くことが可能だとの見解を示した。この時の宮沢の見解は、のちに自身が主要メンバーとなる憲法問題調査委員会の審議や「憲法改正案」(乙案)に反映されている。 宮沢俊義は日本国憲法成立の説明理論として、八月革命説を提唱した憲法学者ですが、占領中には革命などは起きていないこと、公職追放を恐れて持論を曲げて、GHQによって作られた日本国憲法を是認する立場に変節したのではないかとも言われている。
戦後何度も日本国憲法が憲法としては無効であるという声が出ています。調べてみると制定手続きの問題や法理論的に無効であるという理由がたくさんあるんですね。
現在では、日本国憲法を是認して何としてでも改正してはならないという護憲派、日本国憲法を是認した上で一部を修正しようとする改憲派、そもそも日本国憲法が無効だとする無効派の3つの集団に分かれていますが、戦後体制を是とする護憲派・改憲派と戦後体制が占領体制であることからそれを否とする無効派の2つの集団に分かれているという見方もできます。
戦後何度も日本国憲法が憲法としては無効であるという声が出ています。調べてみると制定手続きの問題や法理論的に無効であるという理由がたくさんあるんですね。
現在では、日本国憲法を是認して何としてでも改正してはならないという護憲派、日本国憲法を是認した上で一部を修正しようとする改憲派、そもそも日本国憲法が無効だとする無効派の3つの集団に分かれていますが、戦後体制を是とする護憲派・改憲派と戦後体制が占領体制であることからそれを否とする無効派の2つの集団に分かれているという見方もできます。
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