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2010年10月3日日曜日

今日は何の日? ダッカ事件の乗員乗客全員解放

1977年9月28日に、フランスのパリ、シャルル・ド・ゴール国際空港発東京国際空港(羽田)行きの南回りヨーロッパ線の日本航空機472便(ダグラスDC-8-62型、JA8033、高橋重男機長以下乗員14名、乗客137名、犯人グループ5名)が、経由地のインドのムンバイ空港を離陸直後、拳銃、手榴弾等で武装した日本赤軍グループ5名によりハイジャックされた事件。 日本国政府は、10月1日に福田赳夫首相が「人命は地球より重い」として、身代金の支払いおよび、超法規的措置としてメンバーの引き渡しを決断。身代金と、釈放に応じたメンバー6名(3名は拒否)を日本航空特別機でダッカへ輸送した。 10月2日に人質との交換が行われ、乗員乗客のうち118名が解放された。その後10月3日に、高橋機長とデッドヘッドで乗り合わせていた澤田隆介機長の機転で更なる人質の解放に成功した後、残りの人質を乗せたままハイジャック機は離陸、クウェートとシリアのダマスカスを経て人質17名を解放、アルジェリアのダル・エル・ペイダ空港に着陸し、同国当局の管理下に置かれた。日本赤軍がアルジェリアを選んだのはアルジェリアがハイジャック防止条約を結んでなかったためである。この時点で残りの乗客乗員も全員解放され、事件は終結した。しかし、この事件における日本の対応は、欧米の「テロリストや過激派と交渉せず」という姿勢の反対であり、国際的非難を受け、「日本はテロまで輸出するのか。」と言われた。日本はこの事件を受け、ハイジャックに対応する特殊部隊としてSATを設置した。


『日本の暦』 for iPhone/iPadより
http://itunes.apple.com/app/id394199771?mt=8

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